マンガ喫茶とワーキングプア

ホワイトデーの歴史と由来

ホワイトデーは、日本の高度経済成長期がひと段落した、70年代の終わりに始まった、日本独自のイベントです。その後にはバブルの時期が到来し、女性の社会的地位の向上もあり、ホワイトデーは急速に日本人の間に広まったという歴史があります。

ホワイトデーの歴史は、バレンタインデーの歴史と比べると浅いものではありますが、バレンタインデー同様、既婚・未婚問わず、多くの人がかかわるものとなりました。それゆえホワイトデーの逸話は、その歴史の長さのわりには多いのではないでしょうか。

ホワイトデーのネーミングの由来は、飴の材料である砂糖が白いことから。また、3月14日にした理由については、ホワイトデーの生みの親とも言える全国飴菓子工業協同組合(全飴協)が「バレンタインデーの由来となったウァレンティヌス司祭の殉教から1ヵ月後の3月14日、ウァレンティヌス司祭が結婚させた男女が改めて永遠の愛を誓い合ったことから」と説明しています。

マンガ喫茶とワーキングプア

 マンガ喫茶とは、マンガを多く取り揃えた、マンガを読ませることを主なサービス内容とした喫茶店。しかし近年は、マンガ喫茶とはいいながら、マンガ以外にもさまざまなサービスを提供する店舗が増えてきました。

 マンガ喫茶の中には、個人ブースやシャワー、仮眠施設など、通常の喫茶店のサービスの範囲を超えるようなサービスを提供する店も増えてきました。それに加え、深夜営業をしているマンガ喫茶も、特に都市部では少なくありません。こうしたマンガ喫茶の利用料金は、カプセルホテルよりも安いということで、ネットカフェ同様、終電を逃した人たちがホテル代わりに利用するだけでなく、「ワーキングプア」の仮住まいとしても利用されることが多くなっています。

ホワイトデーに良いデートスポット探し

ホワイトデーのデートスポット、「定番」というものがたしかにあります。こうした定番のホワイトデーのデートスポットは、ネットや雑誌などで簡単に知ることができます。雑誌では主に東京や大阪などの大都市近郊のデートスポットが取り上げられますが、地方に住む方も、ネットなら家や職場に近いデートスポットを調べることができるでしょう。

これらのホワイトデーのデートスポットは、「定番」と言われるだけあって、たしかにムード満点、彼女の心を鷲づかみにしそうな場所ばかりです。しかし、ホワイトデーにデートをするのは、何もあなたたちだけではありません。ほかのカップルだってデートをするわけです。そうなると、こうしたホワイトデーのデートスポットは、カップルで溢れかえることにもなりかねません。

どんなにムード満点なデートスポットでも、人が多すぎたら快適な場所ではありませんよね。

ホワイトデーのデートスポット、定番でなく、「二人の思い出の場所」だったり、あなただけが知るとっておきの場所だったりすると、たとえそれほどムードのある場所でなくても、お互いの気持ちが盛り上がるものです。ホワイトデーのデートスポット探し、今年はちょっと一工夫してみませんか。

わきがの予防

日本には、わきがの臭いで悩んでいる方もおおくいらっしゃると思います。
ここではわきがの予防についてお話したいと思います。

汗腺が太く大きくなる原因は、動物性脂肪を多く摂りすぎて、皮脂腺の働きが活発になるからと言われています。
皮脂腺から出る油脂成分は、アポクリン汗腺とエクリン汗腺を発達させ、わきがの臭いと汗の臭いを強くします。

欧米人の体臭が日本人より強い原因の一つは、動物性脂肪の摂取量が多いことです。
さらに、タンパク質を過剰摂取すると、多汗の原因になります。
タンパク質が肝臓内で分解されるとき、他の栄養素の約5倍の熱エネルギーが発生します。
汗の原因となるものはこの熱です。肉類の摂取を控えることで、臭いと汗の両方を予防することが出来ます。

また、食生活でもわきがのにおいを軽減させることができます。

■においを抑えるために気をつける食生活は以下の通りです。

●アルカリ性の食品を中心とする。
●栄養のバランスを考え、なるべく多くの種類の食品を摂取する。
●ナトリウム、カルシウム、カリウムなどの緑黄色野菜や海草類で、ミネラル分を多く含んだ食品を摂取する。
●食事は規則正しく。
●胃に負担をかけないようにし、腹八分目にとどめる。
●刺激の強い香辛料の入ったものや、ニオイの強い食品やなどはできるだけ避ける。
●塩分と糖分を控える。
●良質の植物性脂肪を選ぶようにする。

■以下の物は、わきがのにおいを強くさせることがあります。

●高タンパク、高脂肪の酸性食品。肉類や卵などを多く取り過ぎない。
●好きなものばかり食べる偏食。
●有害な添加物を含んだ食品。インスタント食品など。
●食生活が不規則である。
●早食いや大食いで胃に負担をかける。
●酒、タバコを好む。
●香辛料やニオイの強い食品などが好きで、塩分、糖分を多く取っている。

食生活でわきがをすこしでも予防できるように、みなさんの食生活を見直してみましょう。

ワインの歴史、日本編

ワインの歴史はヨーロッパでは数千年という長い歴史がありますが、日本でワイン造りが始まったのは明治時代の初めから。ヨーロッパと比べるとかなり歴史は浅いですが、日本で生産されるワインは日本人の口に合った上質のものです。歴史の長さとワインの質はあまり関係ないですね。

それでは、日本のワインの歴史を見ていきましょう。

日本では、江戸時代の中期にブドウ作りを、明治初期からワイン造りを始めました。ワイン造りは、明治7年(1874年)に、山梨県甲府の山田宥教(ひろのり)と詫間憲久(のりひさ)がワイン共同醸造所を設立したのが始まり。その背景には、米不足がありました。米からの酒造りを節減したかった政府は、ヨーロッパ、アメリカからブドウの苗木を輸入し、山梨県をはじめ各地でブドウ栽培とワイン醸造を奨励したのです。

明治10年(1877年)秋、ワイン醸造法習得のため、日本人として初めて土屋龍憲(りゅうけん)、高野正誠(まさなり)の二人が本場フランスに留学。帰国後、新たに加わった宮崎光太郎が国産最初のワイン会社「大日本山梨ブドウ酒会社」を設立。

明治24年(1891年)、越後高田の川上善兵衛は岩の原ブドウ園を開設し、日本の風土に適したブドウの品種改良に情熱を傾けました。

明治34年(1901年)には、神谷伝兵衛が茨城県牛久でワイン醸造を開始し、明治36年(1903年)にフランス様式の牛久シャトーを完成。

明治37年(1904年)、小山新助が山梨県に登美ブドウ園の造成を開始し、これは後に鳥井信治郎が買収。

昭和2年(1927年)にマスカット・ベリーAを交配し、日本のブドウ栽培とワイン造りに大きな貢献を果たしました。しかし、本格ワイン(テーブル・ワイン)が当時の日本の食生活に受け入れられることはありませんでした。

やがて日本人の好みに合わせた甘味ワインの登場によって、ワインのおいしさが知られることとなり、今日のテーブルワイン時代の基礎となるブドウ園の開拓が行われるようになりました。日本産の本格ワインが少しずつ製造され始めたのは戦後になってからと言えます。

昭和45年(1970年)の大阪万博博覧会以降、海外旅行経験や食生活の欧米化が進むにつれ、ワインは急速に日本の生活に浸透していくようになりました。

現在、日本のワインは栽培や醸造技術が向上し、世界的にも高く評価されているワインも数多くあります。